インフルエンザ予防接種
先日、インフルエンザの予防接種を受けてきました。数年前、ちっちゃな所帯の徳野会計事務所ですが、 繁忙期の確定申告時期に5人中3人がインフルエンザとなり、それぞれ1週間程度休んだということがあり、 それ以降この時期に予防接種を受けることを義務といたしました。
予防接種を受けておくと、インフルエンザにかかりにくいし、かかっても重症化が防げるそうですね。中外製薬さんのサイトにいろいろ解説がありました。
インフルエンザワクチンは接種してから実際に効果を発揮するまでに約2週間かかります。ワクチンには2回接種と1回接種
(中学生以上は1回でもよい)があり、2回接種する場合は2回目は1回目から1~4週間あけて接種します。流行期間が12~3月ですから、
11月中旬頃までには接種を終えておくとより効果的でしょう。また、流行してからの接種は、
抗体価が十分上がる前に感染する危険性がありますが、抗体価が上昇していれば症状が軽くなります。
▼ワクチン接種のタイムスケジュール

ヨーロッパで最も古い記載は紀元前412年のヒポクラテスとリヴィによるものとされています。
11世紀には明らかにインフルエンザの流行を推測させる記録が残っており、16世紀にはすでにインフルエンザ(イタリア語の「星の影響」
が語源)という名で呼ばれていたようです。
![]()
わが国でも古くは平安時代にインフルエンザの流行をうかがわせる記載があり、江戸時代には「はやり風邪」
と呼ばれ、「お駒風」「琉球風」などと流行によって世相を反映したさまざまな名がつけられました。
手洗いとウガイもやはり大切だそうです。普通の風邪の防止のためにも、マメにマメに行いましょう。
中東欧中小企業振興セミナー に行って来ました。
本日11月20日、ODAの一環として行われている、中東欧中小企業振興セミナーの一コマとして、JICAにて「日本の税制と中小企業税制」 というテーマで2時間講師を務めてまいりました。対象はブルガリア・セルビア・モルドバ・ ルーマニア・モンテネグロ・マケドニア・ウクライナ各国の財務省・中小企業庁のエリートの方々です。
今回で3回目ですので、だいぶん要領はつかめて来ましたが、なんせ通訳を介してですし、 お国柄によって持っている基本的な部分の違いなどにより、普通のセミナー講師の難しさとはまた違う部分で難しく感じることがあります。 それでも、中東欧の方々と接触する機会などなかなかないですし、ましてや、 専門的なお話をする機会なんてこういうお仕事をする以外今後もないと思われますので、毎年楽しみになってまいりました。
今のところ、各国とも、税の申告をいかにさせるか、というところが一つの課題のようです。そのため、 脱税が発覚した際のペナルティや脱税の事実を捕捉する方法などに興味がおありのようでした。この点、 頂戴しているテーマとずいぶんズレがありますが、来年、同様の機会がありましたら、対応していきたいと思っています。
また、わが国においては、電子申告の普及が大きなテーマとしてあるのですが、これに関して、現状の普及率は何%と思うか? と問いかけましたら、70%とか90%とか高い水準にあると思っておられました。が、ご存知のように、それほど進んでおらず、 2005年の実績ではわずか0.3%。やはり、この部分においては、後進国といえると思います。
私の隣の方が、通訳の方です。聡明な人でした。会計・税務をまずは日本語で平易な言葉でお話し、これを英訳していただくワケですが、 とても、スムースで助かりました。
ランドセル
先日、来春小学校に入学する息子のランドセルを買いに行きました。(買ってくれたのは私の母ですが)持ってみると、軽いですね~。 あんなに軽かったかな~。
それにしても、子供が知らない間に小学校入学です。知らない間ってことはないですね、あっという間です。いじめやら学級崩壊やら、 先生の資質の問題やら、なんだかんだといわれていますが、近所の友達もいてるし、結局地元の公立小学校に通わせます。 これから親の知らない世界をどんどん持つようになると思うと少し寂しい気持ちもありますが、元気に過ごして欲しいですね。って、 ちょっと気が早いか。まだ11月ですものね。

ランドセルって、日本だけ?と思ってちょっと調べてみました。以下 社団法人日本かばん協会ランドセル工業会のサイトより。
ランドセルの歴史は、古くは江戸時代にさかのぼります。 幕末の日本に西洋式の軍隊制度が導入された際、布製の背のうも同時に輪入され、軍用に供されました。 これが日本のランドセルの事初めと言えるでしよう。
明治時代になり、同10年10月に開校した学習院は、 8年後の明治18年になって生徒の馬車や人力車での通学を禁止するとともに、軍用の背のうに学用品類を詰めて通学させることになりました。 この背のうがオランダ語で“ランセル”と呼ばれていたことから、やがて“ランドセル”という言葉が生まれ、 それは通学用の背負いカバンを意味するようになり、それが現在に至るまで受け継がれています。これが現在の形でのランドセルのルーツです。
当時のランドセルは今のリュックサックに近いものでしたが、 現在のようなしっかりとした箱型ランドセルの誕生は早く、学習院で“ランセル”が採用された2年後の明治20年、時の内閣総理大臣、 伊藤博文が大正天皇の学習院入学を祝して特注で作らせたものを献上したのがその始まりとされています。
その後、背負うことによって、子供の負担が軽減できる、 両手が自由に使えるなどの長所から、ランドセルは小学生用として広く普及してきました。しかし、 ランドセルは戦前まではどちらかといえば都会型の商品とされ、地方では教科書やノートを風呂敷に包んで通学するのが一般的でした。しかし、 昭和30年代以降になると、全国的にランドセル通学が普及し、日本の小学生にランドセルは欠かせないものとなりました。
なお、 世界中を見渡しても似たような背負い式の通学カバンはヨーロッパの一部で使用されているに過ぎず、 ランドセルは日本独自のものといえるでしよう。
祝! 小久保復帰!!
|
小久保が帰ってくる!やったぁ!!うれしい限り!チームメートへの波及効果にも期待。 今から来シーズンが楽しみになってきました~。 小久保、ソフトバンクへ=「王監督の下でやりたい」- プロ野球2006年11月11日(土) 16時1分 時事通信 |
| ソフトバンクは11日、巨人からフリーエージェント(FA)宣言した小久保裕紀内野手(35)
との契約が合意に達したと発表した。同日、本人から連絡があった。2003年以来の復帰となる。 王貞治監督らが9日に同内野手と入団交渉し、「4年契約、年俸総額12億円プラス出来高払い」の条件を提示。さらに、 チーム在籍時の背番号「9」を用意していることなどを伝えた。同選手は事実上これを受け入れる意向を示していた。 小久保は都内で取材に応じ、「人生最大の決断だった。王監督の下でもう一度野球をやりたいというのが、 復帰を決めた最大の理由。来年優勝するためなら何でもするという覚悟で福岡に戻りたい」と語った。 巨人で一度も優勝争いができなかったことを心残りとする一方で、 「違った角度から野球を見られたのは今後プラスになるという確信がある」とも話した。 王監督は「今のホークス魂をつくり上げてきた仲間であり、また一緒に戦うことができてうれしい。来季こそ優勝、 日本一をつかみ取りたい」と期待感を表明した。 |
| [ 11月11日 20時0分 更新 ] |

小児がん:専門病院建設目指しNPO設立
今日の毎日新聞の夕刊に刑されていた記事です。
近畿の小児がん患者の家族や専門医らが、国内初の小児がん専門病院建設に取り組むNPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」 (理事長=楠木重範・大阪大医学部付属病院医師)を設立した。抵抗力が落ちて、兄弟や友人との面会を禁止される患者や付き添いの家族、 激務が続く医療スタッフらのQOL(生活の質)向上を重視して、長期の化学療法に重点を置く。08年までに大阪府内に病院を建設し、 国内初のモデル的な医療体制を目指す。
NPOは、小児がんへの理解を広めようと「ケモセラピー(化学療法)」の「ケモ」から取った。近畿の医師、看護師、家族、 子供支援の専門家ら約40人が参加。建設資金10億円の募金や人材育成などに取り組み、医療法人の認可を得て運営に当たる。
白血病や悪性リンパ腫など小児がんは、全国で年間約2万3000人(1万人あたり約9人)が発症し、 その7~8割は治療によって治るという。しかし、長期入院が必要なため、子供や付き添う家族の負担が極めて大きい。 さらに終末期ケアの体制も十分ではない。
病院は、衛生面や居住性に配慮した約30床の病室と診察室、子供や家族の交流のためのプレールーム、スタッフの研修室などを整備。 化学療法で使うカテーテル挿入のための外科手術や、移植手術は阪大との連携を予定している。 専門医を4~8人集約することで医師の負担減も図る。
NPOは、病院建設に向けて、大阪府茨木市内の約1万3000平方メートルの土地を賃借するため交渉中。 病院建設の経験のある建築家が、無償で設計を始めた。楠木理事長は「患者家族の声に耳を傾け、医療面も配慮した理想の病院を作りたい」 と話している。
12日午後1時からは、同市立彩都西小で、シンポジウム「小児がんと夢の病院」を開き、病院建設への理解を求める。 募金の問い合わせは、事務局(070・6453・8000)へ。【花岡洋二】
毎日新聞 2006年11月11日 15時00分
いろいろとありまして、私の中で、小児ガンに対するセンサーが敏感になっておりまして、この記事に目がとまりました。 気持ちだけご協力しようと思います。
私は高校3年の1月から7ヶ月入院した経験があるのですが、18歳の高校生にとっても長期入院はしんどいです。治療はつらいですし、 精神的には不安でしょうがないですし。ましてや小児ガンのちっちゃな子供たちやその家族たちの不安・負担はものすごいものだと思います。 ただ、身近でそういう人たちを見聞きしないことには、そういう人たちがいてることすら知る機会がないのです。
腎移植手術が、倫理上いろいろと問題あるようで、連日とりあげられていますが、どうも報道の仕方が「変わり者のずさんな医者」 というものを作り上げようとしているようで違和感を感じます。一方で、今回の問題でそれだけ移植を望んでいる患者さんがいてる、 ということが世間に知らされる機会になったかと思うと、それはそれでよいのかと思います。

ドラマ化もされたので、ご存知の方も多いかも知れませんが、子供病院に長期入院している子供たちの詩集です。毎日、 家族が元気でいることに改めて感謝する気持ちになる本です。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048837907
キャッシュフローゲーム
先日、金持ち父さんの「キャッシュフローゲーム」 をやりました。なかなか面白かったです。月の支出を上回る不労所得を稼げる状態になれば、いわゆるラットレースから脱出でき、そこから先は、 セレブな世界が待っている、というような感じでした。私は秘書で収入は少なかったのですが、その分支出も少なく、 株や不動産が安値の時にうまく購入でき、また高値の時に売却することが出来て、ラットレースを抜け出せました。 電卓と鉛筆と消しゴムを使って、収入や資産状況が変わるたび、訂正していきました。お金のことを考えるには、確かによいかも知れませんね。

それにしても、N井弁護士のご自宅から見る大阪の夜景はすばらしかった。 大阪城が自分たちのためにライトアップしてくれているように勘違いしそうでした。T坪さん、A坂さん、I子さん、 初心者相手に丁寧に解説しながら、また、時折、芝居をとりいれてくださり楽しませていただきありがとうございました。また、 機会があればぜひぜひお願いします。
まいどおおきに博とシティプラザ
昨日は本町界隈をぐるぐるしてきました。朝イチは御堂会館にて健康診断。バリウム飲んだ後、 下剤を飲んだのでお腹が気持ち悪かったです。その後、前職場にちらっと寄って、昼前から、マイドーム大阪にて開催されていたまいどおおきに博に行きました。 まいどまいどと、コテコテなネーミングの会場でのイベントです。お客様が出展していたので寄りましたが、 せっかくなのでと会場をぐるっと回りました。

1階から3階にいろいろと 展示されていました。会場内写真撮影禁止、ということでしたので入り口だけ撮影してきました。

帝塚山女子の茶道部が来ていて、雰囲気を出していたので、お茶をいただいてきました。が、 想像していた抹茶ではなくうす~い煎茶で少々がっかりでした。着物姿の女性の写真をここに掲載する方が、より華やかだったのですが、 「写真撮らせてください」と言える勇気が持てず、このようなぼんやりした写真になってしまいました。
マイドーム大阪の会場を後にして、午後2時からの弥生のセミナーに向かったのですが、隣にえらくキレイな建物が出来ていて「なんじゃ? これは」と驚いて中をのぞいてきました。大阪国際ホテルが取り壊されて、その後にできたホテル&温泉etcでした。シティプラザというそうです。

一番上のガラス張りのところがお風呂のようでした。平成7年に結婚したのが、千里の迎賓館でして、 当時迎賓館を管理運営していたのが国際ホテルでした。無料宿泊券をもらったので、泊まりに行って見ましたが、暗~いホテルだった、 という印象しかないですね。食事も結局外で食べましたし。これだけ施設がきれいになったのなら、 また話のネタにお風呂入りにいってもいいかもしれません。

